満天土佐イメージ

津野山神楽

津野山神楽


津野山神楽の歴史

延喜13年(913年)藤原経高(ふじわらつねたか)が土佐の津野山郷へ入国し、 伊予の国より三嶋神社を歓請して守護神として祀られた時から、代々の神官によって歌い継ぎ、舞い継がれたものとされています。
昭和20年(1945年)の敗戦と神楽修得者の減少により、一時すたれかかっていましたが、昭和23年(1948年)神楽復興の気運が高まり、『津野山神楽保存会』が設立され、現在も一千年の歴史を舞い継がれてきた津野山神楽は伝承されています。
9節 山探しを舞う般若(はんにゃ)

それまでの神楽は、代々特定の神職により世襲的に歌い、舞い継がれたものでしたが、 この技を習得している唯一の神職、掛橋富松(かけはしとみまつ)翁を師とし、 旧習を破り、村内各地区より推された青年10数名に口伝により伝承講習されました。 その後は、歴代の首長が保存会長となって後継の舞太夫が養成されています。
舞は全部で18節からなり、それぞれ厳格なきまりをもち、進左退右、座左起右というように進む時、 退く時、座る時、立つ時それぞれの作法を持っています。 正式に舞い納めるには、約8時間を要します。 急テンポの楽に合した舞でありながら、優美荘重で雅の言葉そのままです。 津野山神楽は、土佐の神楽の一つとして昭和55年(1980年)に国の重要無形民族文化財に指定されました。
ゆすはら物語: 龍馬脱藩と「土佐源氏」の里で

ゆすはら かぐら
【 津野山神楽の様子 】
津野山神楽 鯛つり
【 第十七節.鯛つりの様子 】



津野山神楽の開催日情報

    11月23日 西区神祭(津野山神楽) 13:00〜
  • 西区 三嶋神社(竹の薮/役場より車で約10分)
  • お問合せ
  • 梼原町教育委員会 生涯学習課 TEL:0889-65-1350
  • 備 考
  • ※10月下旬から11月にかけて各集落の神社で不定期に舞われています。


第一節.宮入り(みやいり)

舞い始めというべきもので、全員そろって舞殿で神楽の由来を神歌によって述べる。
◆禊祓詞(みそぎばらいのことば) 高天原に神留坐す神漏岐神漏美命以ちて皇御祖神伊那岐命筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に御禊祓給ひし時に生坐せる祓戸の大神等諸の禍事罪穢を祓給ひ清給へと白す事の由を天津神國津神八百萬神等共に天の斑駒の耳振立てて聞食せと恐み恐みも白す。
<解説>
降神の儀ともいうべきもので「これから神楽をしますから、神々さまは人間界へ降りてご覧ください。私たちは身も心も清めてお待ちします。」という意味の祓詞(のりと)と『古事記』上巻の天の岩戸にお籠りになった天照大御神の古事を歌にまとめ、神楽のはじめであるということを一般の人に告げます。また、神楽殿に張りめぐらした注連縄は、外からの災いの侵入を門とされたこと、国土経営が始まったことを伝える神歌によって表現します。

第二節.幣舞(へいまい)

2人で幣(へい)を持って舞う。神をたたえ、国ぶりをたたえる歌が6首あり、これから始まる16種の神楽に対する前奏曲ともいうべきでしょう。

第三節.手草(たくさ)

2人舞いで、天鈿女命(あめのうずめのみこと)が岩屋の前で、天の香久山(かくやま)の日陰のかずらをたすきにかけ、 天の真折(まさき)のつるを髪飾りとして天の香久山の小竹葉(ささば)を 手草に結った(束ねて持つ)という『古事記』の内容から「手草の舞」と名付けたものでしょう。
天児屋根命(あめのこやねのみこと)と布刀玉命(ふとだまのみこと)が八咫鏡(やたのかがみ)を差し出して天照大御神にお見せし、岩屋から連れ出された古事の歌に始まって、以下神をたたえた歌が続きます。
手草の舞は、天児屋根命、布刀玉命、神楽を舞われた天鈿女命と、お手を取って引き出された手力男命(たぢからのおのみこと)の功績をたたえたものといえましょう。

第四節.天の岩戸(あまのいわと)

手力男命と天鈿女命に案内されて天照大御神が岩屋から出られ、世の中が明るくなったことを表しています。 天照大御神だけ面をつけて舞いますが、一見無表情にも見えますが、 空洞の瞳に光さえ感じるような実に神々しい面です。また、舞う動作につれ、ある瞬間、気高い微笑みを感じます。

第五節.悪魔祓(あくまばらい)

天照大御神がこの世に出られる前にいた先住の人々をここでは悪魔といいます。 その悪魔たちが、天照大御神に服従しないために、子孫に命じていろいろな悪魔を降伏させたり、 服従させるという舞いです。4人で四方の悪魔を平定する動作で舞います。もちろん神歌も加えます。


第六節.大蛮(だいばん)

鬼面の大蛮が榊の枝を両手に持って、7つの宝を自慢に四方に威力を誇示します。 東神、南神、西神、北神の武力には屈しませんが、最後の中神の条理をもった説得に応じ、7つの宝を返上し、 御祓を受けてもとの善神に戻るというあらすじになっています。 7つの宝とは、福の矛、才の矛、五行玉、志観杖(しかんじょう)の杖、五順明(ごじゅんめい)の眉作り、 隠れ蓑と隠れ笠、七石入の富の俵。 これにひとつ一つの効能をならべて差し出すのですが、そのセリフはユーモラスにできていて、 演者の個性が発揮され、非常に面白い味わいが出ることもあります。
生後1ヶ月未満の乳幼児の息災を願い、大蛮に抱いてもらって五方の神々に祈ってもらいます。 この舞は面をつけて舞いますが、真っ赤の面で、鬼面であるのと所謂鬼面のもつ妖気が感じられません。 一種とぼけた表情で怒りを表す動作の時でも、実に単純な激怒を感じさせる面です。

第七節.花米(はなよね)

一人舞いで、神社で舞う時は、必ずその神社の神官か弥宜が舞うしきたりです。舞い終わると神前に幣を捧げて、その日の神楽の理由を御受納いただくように祝詞を奏上します。舞人は三宝に白米を捧持して、五方の神々に感謝の祈りを捧げます。また、天地創造時の神々から、全国津々浦々の小さい神祠に至まで花米を供えて国民の安全を祈念するおごそかな舞です。

第八節.二天(にてん)

二人舞いです。この歌は舞にあたって神人一体の境地を歌います。神剣、すなわち天の村雲の剣(のち草薙の剣)の由来を神歌にしたものを唱えながら剣をとって舞います。

第九節.山探し(やまさがし)

金山彦のお使いの神が、紛失した宝剣を見つけ出し、歓喜するところで舞い終わります。この舞も面をつけてまいます。般若(はんにゃ)の面ともいわれる面の一種で、津野山神楽に使用する面のうちで、あらゆる表情に富んでいて、右にでる面はありません。長時間の舞で、その間の動作につれて変化を現す面の種々相は、いかなる人も魅了します。

第十節.弓舞い(ゆみまい)

弓を持って、かついだりくくりぬけたりする軽快な舞です。弓は神の宝の一種として尊ばれ、これを誇示し由来を語るものです。
大国主命に国土献上のお使いをたてられた時、第2回目に行かれて帰られなかった天若日子神(あめのわかひこのかみ)をお遣しになるときに、天の加古弓と天の波々弓を賜ったのですが、その弓矢を正義のために使わなかったために自分自身を殺してしまいます。第3回に建御雷神(たけみかづちのかみ)によって国土献上の約束ができ、邇々芸名(ににぎのみこと)が御降臨となり、その時お供えした天津久米命(あまつくめのみこと)がこの弓矢をたずさえて先導したものです。

第十一節.鬼神退治(きじんたいじ)

大国主命の御子、建御名方神(たけみなかたのかみ)と戦われた建御雷神の神話を劇的に仕組んだものです。「我は建御雷神なり。天の加古弓に天の羽々弓をもってただ一矢に打落し諸々の悪魔を退治し、我が葦原の水穂国を治め給う神の御使いなり。汝障化(なんじょうげ)叶わんぞ、早く従い申せ。」「何と申しましても従うまじ。」で戦いが始まり、結局鬼神の首はとられます。

第十二節.猿田彦(さるだひこ)

俗に「鼻高舞」と言い、勢州五十鈴(せいしゅういすず)の川上に1年中住んでいた鼻長、七尺余は猿田彦と言うものが、皇孫命(すめみまのみこと)降臨の先導役として、道々不敬や邪魔をするものを鼻の威力で突き従えるとの誇示を表現します。

第十三.長刀(なぎなた)

津野山神楽の余興舞として舞います。舞殿いっぱいを使って勇ましく舞います。舞殿の周囲にはりめぐらしたある注連縄の幣は、長刀のあおりでひとつ残らず散ってしまいます。

第十四節.折敷(おりしき)

「おりしき舞」といって余興舞の一種で、平盆を1枚、2枚と使い分けて手のひらに乗せ、前転、後天する曲芸的な舞です。 上手に舞うと、盆が手に張り付いているようです。

第十五節.妙見(みょうけん)

2人で真剣を持って、星の神(妙見大神)をたたえて舞います。私たちの日常生活の中で、人間の実感として、星の神性を認めていますが、ここでいう星の祭は広義な意味をもっています。この星神をたたえて、2人舞人が真剣を持って舞うのがこの妙見です。

第十六節.豊饒舞(ほうじょうまい)

俗に「お稲荷さんと大国様の舞」です。お稲荷さん(宇賀魂神)は五穀を守る神、大国様(大黒主命)は打出の小槌と商売繁昌、五穀豊穣の徳を授ける神です。お互いの自慢話をしながら稲と宝を交換するユーモラスな舞です。

第十七節.鯛つり(たいつり)

昔から言代主神(ことしろぬしのかみ)は鯛つりの名人と称され、俗に「えべつさま」とも「えべっさま」とも言われる七福神のひとりです。面がみごとで、見るだけでその動作も想像できますが、ユーモラスな舞は、舞手の個性を表します。観覧席から鯛や供物を釣り上げます。

第十八節.四天(してん)

最後の舞ですが、こうして無事に、今日の神楽を終わりましたと願いごとを解くための舞です。四隅に着座し天津祝詞を奏します。剣を抜き放して4人で舞う解願の舞は、気高く荘重です。諸人のあふれるお祈りを花米に籠め、感激のうちに四天を解き、津野山神楽の全部をこれで終了します。