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観光・須崎市

須崎市の観光案内

須崎市の観光情報・イベント情報・宿泊情報


高知県須崎市は、西部をニホンカワウソの生息が最後に確認された清流・新荘川が流れ、東部太平洋岸は風光明媚なリアス式海岸横浪半島、北部には周辺が県立自然公園となり眼下に須崎湾や横波三里の雄大な景色が広がる蟠蛇森(ばんだがもり)を有する県中西部地域(高幡地域)の中核都市です。市のマスコットキャラクター「しんじょう君」や「鍋焼きラーメン」は全国的に知られています。

須崎市の観光マップ
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太平洋・土佐湾のほぼ中央部に位置する須崎市は、リアス式海岸の地形を生かした天然の良港・須崎港を有し、四国トップレベルの貨物取扱量を誇ると同時に、野見湾浦ノ内湾などでは鯛やハマチの養殖も活発に行われています。また伝統の味・蒲鉾をはじめ豊富な海産物、旬の魚のイベント「新子まつり(めじか祭り)」、幅広い層に人気の「磯釣り」、体験型観光の「鰹のタタキ体験」など多種多様な海洋資源の活用が行われています。
ニホンカワウソの生息が最後に確認された川として有名な清流『新荘川』は、津野町・鶴松ヶ森の南東斜面に源を発し、須崎市西部を滔々と流れ太平洋・須崎湾に注いでいます。清流を代表する川魚・鮎は、放流鮎だけでなく天然鮎も生息し、シーズンには盛んに鮎漁が行われています。

須崎市一の高さ(標高769m)を誇る『蟠蛇森』は、周辺が県立自然公園に指定されています。頂上展望台からの眺めは絶景で、北に石鎚山を主峰とする四国山脈、眼下には須崎湾および横波三里(浦ノ内湾)の雄大な景色を眺望できます。蟠蛇森中腹の桑田山(そうだやま)では、一足早く春の訪れを告げる『雪割り桜』が咲き誇り多くの見物客を魅了します。



新荘川

新荘川 高知県中西部の津野町〜須崎市を流れる清流『新荘川』は、 ニホンカワウソが日本で最後に確認された河川として全国に知られています。 流程24.1Kmの2級河川である新荘川は、高知県中西部の町・津野町にある 標高1,100mの鶴松森(かくしょうもり)の南東斜面に源を発し、 大小24本の支流を集めながら津野町葉山地区を西から東に流れ、 さらに須崎市西部を貫流し須崎湾・太平洋に注いでいます。
新荘川における鮎釣り
新荘川は高知県内でも有数の清流で、夏場には鮎釣りなどの川漁、 川遊び、キャンプなどが盛んに行われています。 ニホンカワウソが最後まで目撃されていたのは、 新荘川中流域で支流・依包川との合流点付近一帯のようです。 新荘川に限らず、近年河川に隣接する山林の保水力が低下し下流域での渇水が多く見られ、 鮎をはじめとする魚類が生息しにくい環境になっているようです。 ここ新荘川でも昭和40年代あたりまでは、天然鮎の遡上も沢山観測されたそうです。


横浪黒潮スカイライン

横浪黒潮スカイライン
横浪黒潮スカイラインは、南に雄大な太平洋、北に穏やかな浦ノ内湾を 臨むことができる爽快なドライブコースです。 リアス式海岸が生んだ横浪半島は、県立自然公園に指定されており、 青い海・青い空・緑の広葉樹・四季折々の草花など美しい自然を存分に体感できる観光スポットです。 また、四国霊場36番札所青龍寺や鳴無神社があり、お遍路さんの姿も見られます。

雪割桜

雪割桜
2月中旬〜3月中旬に、濃いピンク・桃色の美しい花をつける雪割り桜。 正式名称はツバキカンザクラ(椿寒桜)ですが、2月のまだ雪のある頃に咲くことから、 雪割り桜として地元の人々に親しまれています。 開花時期は、その年の天候などにより若干のズレがあります。


蟠蛇森

蟠蛇森(ばんだがもり)
蟠蛇森(ばんだがもり)は、須崎市の北境にそびえる標高769.3mの須崎市で一番高い山で、 頂上からの眺めも素晴らしく、四国百名山に選定されています。 森周辺は県立自然公園となっており、四季折々の草花が見られます。 頂上まで自動車道が通じており、展望台からは北に石鎚山を主峰とする四国山脈、 眼下には須崎湾と横波三里(浦ノ内湾)の雄大な風景が広がっています。 蟠蛇森には、その昔大蛇が住んでいて、美しい乙女に化けて人々を 惑わしたという伝説(大蛇伝説)が残っています。

新子まつり

新子まつり・メジカ祭り
モチモチした食感が忘れられない新鮮なお魚、 メジカの新子(しんこ)を味わうお祭り、高知県須崎市の新子まつり(メジカ祭り)。 太平洋に面した須崎市辺りの夏〜初秋の味覚といえば『メジカ」。 とても傷みやすい魚で刺身にするのは獲ったその日。 そんな新鮮なメジカの刺身を引き立てる名脇役と言えばブシュカン。 新子とブシュカンの相性は抜群で、削ったブシュカンの表皮が放つ清々しい香りと、 ブシュカンの生酢をかけたモチモチした新子刺身は、一度味わうとやみつきになる程の味覚です。

すさきまちかどギャラリー

すさきまちかどギャラリー
須崎市が取り組んでいる すさき・サービスエリア・タウン(SAT)構想。 これは高速道路の県西部への延伸整備に伴い、須崎のまちが素通りのまちとならないよう、 須崎市まち全域がサービスエリアとして機能し、交流人口を増やし、 まちに賑わいをもたらそうというものです。 須崎の様々な地域資源を活用、情報発信を行い、須崎の魅力を知ってもらうための取り組みのひとつとして、 平成22年2月にすさきまちかどギャラリー/旧三浦邸がオープンしました。

しんじょう君

しんじょう君
日本で最後にニホンカワウソが確認された川として全国的に有名な「新荘川」。 そのニホンカワウソをモチーフにした須崎市のマスコットキャラクター「しんじょう君」。 須崎名物鍋焼きラーメンをモチーフにした帽子を被り、須崎市のPR活動に東奔西走。 2016年9月に全国からキャラクターが集まりイベント「第三回ご当地キャラまつりin須崎」を開催。 2016年11月に全国1421キャラクターが集まった「ゆるキャラグランプリ2016」においてグランプリ獲得。

道の駅かわうその里すさき

道の駅かわうその里すさき
鰹のたたきや須崎名物「鍋焼きラーメン」が食べられる須崎市の道の駅「かわうその里すさき」。 国道56号線沿い、高知自動車道須崎西ICに隣接してあり、 すぐ近くには、ニホンカワウソが最後に発見された川「新荘川」も。 広い駐車場が完備され大型車もOKで、駅内には須崎市や周辺地域の観光名所、 宿泊施設などの便利なパンフレットあり。

鍋焼きラーメン

鍋焼きラーメン
須崎市のB級グルメ、ご当地ラーメン『鍋焼きラーメン』。 スープは、鶏ガラの醤油味で、麺は歯ごたえのある細麺です。 具は親鶏の肉、ネギ、ちくわ、玉子といたってシンプル・・・ どこか懐かしさを感じる味わいの親鳥のだしがたっぷりの和風ラーメンです。 一番のポイントは器が土鍋であること!スープが沸騰した状態で出されたラーメンが、 最後まで熱々のままいただけます。

須崎まつり

須崎まつり
須崎の夏を彩る「須崎まつり」は、毎年8月上旬に開催されます。 須崎祭りの圧巻は、四国唯一の二尺玉を打ち上げる海上花火大会。 須崎市の富士ヶ浜前海上で夏の夜空に咲き乱れる花火ショー。 海上仕掛け花火など海ならではの演出で、祭りの夜の土佐湾は七色に染まります。 その他、「はし拳駕籠かきレース」、「サマーフェスティバル」、「ヨット体験航海」 、「ドラゴンカヌー大会」なども開催されます。

すさきX'masイルミネーション

すさきX'masイルミネーション
毎年クリスマス・シーズンになると、須崎市東糺町の川端シンボルロードに 恒例のイルミネーションが点灯されます。約6万個の電飾がキラキラ輝き、 ファンタジックな世界に誘われます。光のアーチはつい潜りたくなります。

ドラゴンカヌー大会

ドラゴンカヌー大会
高知県で唯一開催されるドラゴンカヌー大会は、 毎年8月に須崎市浦ノ内湾の特設コースで行われる龍船競争です。 龍にも例えられる入り組んだ地形の浦の内湾は、波の穏やかな内海ですが、 各部に分かれて熱い戦いが繰り広げられます。


武市半平太像

武市半平太像
横浪黒潮スカイラインの中程に、全長6メートルの武市半平太(たけちはんぺいた)像があります。 銅像の後ろにある石碑には、幕末の動乱期に土佐勤王党盟主であった武市半平太 (武市瑞山)と共に行動し、活躍した志士たちの名前が刻まれています。 武市半平太と坂本龍馬は遠縁にあたり、あだ名で呼び合う仲だったようです。 眼下に広がる雄大な太平洋を眺めながら、幕末の志士へ思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

首切り地蔵

首切り地蔵
幕末、発生寺の住職であった智隆和尚は勤王の志厚く、 同寺は近隣の郷氏や庄屋達の密会の場であったという。 坂本龍馬も2度目に訪れたおりに志士達と熱論となり 境内に安置されていた石仏地蔵を木刀で一刀にて打ち落とした。 その地蔵供養のために城山より取ってきた松の木を植えたと伝えられている。 松が枯れるたびに、有志が植え替え、現在の松は4代目のものである。 傍には智隆和尚の墓がある。(発生寺看板より抜粋)

土佐藩砲台跡

土佐藩砲台跡
土佐藩が幕末に築いた砲台の跡です。 幕末、異国船の来航があり、海岸防備の為に各藩で砲台が築かれました。 土佐藩でも須崎に砲台を西・中・東の3箇所築きました。 文久3年(1863)7月に着工し、約1ヶ月半の短期間で完成させたようです。 現存するのは、そのうちの一つ西台場のみで、規模が最大で長さ116メートル、 砲門7座、内側に弾薬室が7箇所ありましたが、 明治初年に埋められてしまいました。 この砲台跡は、明治40年に須崎が払下げを受け、西浜歴史公園として 保存してきた歴史的価値のある場所です。 昭和19年11月に国の史跡に指定されました。 慶応3年(1867)7月6日、イギリス水夫殺害事件が起こり、 イギリス行使ハリー・パークスが土佐藩と交渉するために、 軍艦で須崎に入港してきました。土佐藩との外国交渉が行われ、 幕府艦(回天丸)や坂本龍馬も神戸より入港し、 交渉を船上で見守ったようです。

大善寺

大善寺
二つ石大師」や「ぼけ封じ観音」として信仰されている 高知県須崎市のお寺「大善寺(だいぜんじ)」は、四国別格二十霊場第五番札所、 四国三十三観音霊場第十四番札所です。 土佐藩の豪商・美濃屋が江戸時代後期の文化12年(1815年) に編集した『南路志』によると、大善寺は元々「八幡山明星院大善寺」と呼ばれ、 奈良県の僧坊・小池坊の末寺で、弘法大師が開いたと言われています。 1707年までは須崎町古市町にあり、八幡神社の別当寺として寺運を続けていましたが、 津波に流されたため古城山のふもとに移ったものらしいです。 足の不自由な方でも参拝しやすいよう、山頂の本堂までモノレールが設置されています。 毎年8月19日には、お大師通りにて、お大師様の夏祭り・竜踊りが行われます。 大人から子どもまでが、協力して行われる伝統行事です。

二つ石大師の由縁
昔、須崎の入り江は今よりずいぶんと深く、今の大師堂の場所は、海に突き出た岬となっていたようです。ここに「波の二つ石」と呼ばれる2つの大きな石がありました。当時、丘陵を越えて通行しており、干潮時には、この大きな二つ石の端を回り通っていました。しかし、ここは「土佐の親しらず」とも呼ばれる難所で、突然の大波にさらわれる事故が絶えなかったようです。また、この岬は、霊峰・石鎚山の南端にあたるとされ、不浄の者が通ると怪異に遭うと恐れられていました。平安時代前期の弘仁6年(815年)、弘法大師が42歳の時に、四国霊場を創るため須崎を訪れた際にこの話を聞き、死亡者の菩提(ぼだい)を弔い交通安全を祈願ししました。その後、ここに大師堂が結ばれ「二つ石大師」と呼ばれるようになったそうです。 昭和初期には防波堤が造られ、現在「波の二つ石」は土の中に埋まっています。

鳴無神社

鳴無神社
鳴無神社(おとなしじんじゃ)は鎌倉時代の建長3年(1251年)創建と 伝えられており、春日造りの本殿・天井に描かれた天女は美しく、 国の重要文化財に指定されています。 元々の神社は、西暦684年(天武13年)の白鳳(はくほう)地震の際に 海底に沈んだという説があります。 鳴無神社では、毎年8月24日と25日に夏祭り(神事)が行われます。 鳴無神社は、パワースポットとしても人気の神社です。

賀茂神社

賀茂神社
賀茂神社(かもじんじゃ)は、人魚伝説「八百比丘尼」のある神社です。 境内には石造塔があり、梵字の彫りや屋根の反りの特徴から鎌倉時代に造られたと 言われており、高知県下最古のものです(高知県保護有形文化財)。 毎年10月20日には賀茂神社秋祭りが開催され、 少年たちが高知県保護無形文化財の太刀踊り(花取踊り)を奉納します。 社務所では、須崎市公認ご当地ゆるキャラ『しんじょう君』のお守りも入手出来ます。

鳴無神社の歴史(1)
『当社祭神は土佐神社と同神にして(土佐神社は鳴無神社の別宮)雄略天皇22年この地に御祭神あり、土民13人御舟金剛丸と共に迎え来て、高加茂大明神と崇称し鎮祀する。 後、200余年白鳳13年8月14日地震のため当郷の地大半一度海底に沈みしため、今の地に社殿を設け和鎮す。 当社は、この地方の豪族近藤、大平二氏の尊崇篤く長宗我部氏、山内氏引き続き社殿の造営等あり。 非常に崇敬したと云う。現在社殿は寛文3年土佐二代藩主山内忠義公の造営せしものである。 昭和二十一年宗教法人令により神社本庁所属』 ※全国神社祭祀祭礼総合調査 神社本庁 平成7年より引用
鳴無神社の歴史(2)
『土佐の海に御船浮かべて遊ぶらし都の空は雪解のどけき』
この歌は、平安時代の歌人・藤原家隆(ふじわらのいえたか)朝臣(あそん)が、京の都よりお船遊びの状を想い浮かべて詠じた歌です。 そのお船遊びは、今から1240年余前(759)より鳴無神社の神事として始まり、高知市一宮の土佐神社も御神幸になり、共に浦ノ内湾いっぱいの賑やかなお船遊びとなりました。全国にも名高いものとなり、京の都から和迩部用光(わにべのもちみつ)等有名な楽人も時々下向し、楽を奏して祭典に奉仕されました。
鳴無神社の歴史(3)
鳴無神社・社殿の創建は、1500余年前と伝えられています。社殿は、古来度々建て替えられてきましたが、現社殿は山内二代藩主山内忠義(やまうちただよし)が寛文2年(1663年)に再建、その後腐朽したため昭和31年〜32年に解体修理が行われました。 本殿は、二間四面の春日造、こけら葺、極彩色内陣、天井には天女の舞の絵(村上龍円・筆)があります。幣殿・拝殿は切妻造、こけら葺です。昭和28年3月に国の重要文化財に指定されました。
賀茂神社の「八百比丘尼」伝説
昔むかし、漁師の網に、頭は人間・体は魚の形をした人魚のような魚がかかった。しかし不思議なことに、その人魚はひと月経ってもふた月経っても、腐ることなく引き上げたままの姿であった。そんなある日、浜辺で遊んでいた少女がその人魚の傷口を舐めてしまった。その少女は、何の異常もなくすくすくと育ち、漁師の家に嫁ぎ子供を産み、孫も生まれ、病気ひとつせずに90才になったのたが、不思議なことに見た目は若い娘のままだった。知り合いは、みんな死んでしまっても、娘は生き続け、200才になった時、諸国を巡る行脚の旅に出たそうだ。その旅の果てが、若狭の国だったようだが、そこで何百年も生き続け800才になった時、娘は故郷の土佐に戻り、鴨大明神(今の賀茂神社)に石の塔を寄贈したという。その石の塔が八百比丘尼(やおびくに)塔です。平成9年には近くの田んぼから400年前の大鳥居の一部が出土しました。そちらも境内に祀られているそうです。

須賀神社

須賀神社
須賀神社境内には、国の天然記念物に指定されている 四国最大級のクスノキ「大谷の楠」があります。 樹齢は推定2000年で、乳幼児の成長や健康祈願に訪れる人も多いようです。 須賀神社秋祭りは五穀豊穣・無病息災・大漁などを祈願し、 神様に孔雀や山鳥やキジの尾羽根のかぶり物、 伊賀袴に白足袋で花取踊り(高知県保護無形文化財)が奉納されます。

お馬神社

お馬神社
お馬神社は、縁結びの神様として、池ノ内にある二股杉の下に建てられています。 土佐の民謡「よさこい節」の歌詞『土佐の高知のはりまや橋で、坊さんかんざし買うを見た』の中で、 このかんざしを買った坊さんが「純信」、かんざしをもらった女性が「お馬」だそうです。 そのお馬を祀っているのが「お馬神社」で、ご利益は恋愛成就だそうです。

そうだ山温泉

そうだ山温泉
雪割桜で有名な桑田山(そうだやま)の山中にある自然豊かな静かな宿「千年の美湯 そうだ山温泉」。 四国随一の湯量と優れた泉質が特徴のミネラルイオンの湯。 露天風呂、桶風呂、内風呂など健康と美肌を育む名湯です。

山里温泉

山里温泉
須崎市上分地区の大自然の中に佇む、100%源泉かけ流しの温泉宿。 清流のせせらぎや野鳥のさえずりに耳を傾け、春夏秋冬それぞれの豊かな自然に癒されませんか? 泉質はPH値8.4のイオン系硫化水素泉山里温泉で、17.5℃の冷泉です。

樽の滝

樽の滝
樽の滝(たるのたき)は、ニホンカワウソが最後に発見された川 として有名な新荘川の支流、上分地区にあります。 高さ37m、幅6mの迫力ある滝で、滝の裏側から回り込んで 見られることから「裏見の滝」としても知られています。 樽の滝公園一帯は、県立自然公園に指定されており、 マイナスイオンたっぷりの大自然スポットでもあります

磯釣り・鮎釣り

磯釣り
太平洋岸に面した須崎市には、浦ノ内、池ノ浦、久通、須崎港の 各周辺に多くの磯釣り・船釣り・堤防テトラ釣りのスポットがあります。 シーズンには、県内外より多くの釣りファンが訪れます。 また日本で最後にニホンカワウソが発見された新荘川は、 水質も良く清流を代表する鮎も生息。放流鮎だけでなく天然鮎もみられます。